【愛妻家大田正文、合コンの幹事だったころ。完結編】「オトナになる、ということは、鳥籠を自分の手でなくすことができる、ということ」。
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【愛妻家大田正文、合コンの幹事だったころ。その1】「なんだか、ひとりで歩いていくまさふみの背中が、すごくさみしそうに見えたんだ」
http://aisaikamasa.blog91.fc2.com/blog-entry-806.html
【愛妻家大田正文、合コンの幹事だったころ。その2】「わたし、きょうはひさしぶりに、ホントにすっごく楽しかったんだ」
http://aisaikamasa.blog91.fc2.com/blog-entry-807.html
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「……わたしね」
「わたし、きょうはひさしぶりに、ホントにすっごく楽しかったんだ」
「わたし、……普段、自由に外に出られないから」
シーバスのグラスの氷が、カラン、と鳴った。
■「聴きたい?」
レイコが、僕の方を見て、意味深に笑う。
これは、あまりシリアスにしないほうがいいかも。そう考えた僕は、冗談っぽく返した。
「えへん。そこまで言うなら、聴かせてもらおうじゃないか」
「まだ、教えてあげない」
「そんなこと言ってる間に、僕が酔いつぶれて、聴いてあげられなくなっても知りませんよ」
「なんで急に敬語になるかな」
「私を酔わせて、どうするつもり?」
「またそうやって、おねえさんをからかわない~!」
「いっこ違いで、おねえさんっぷりを発揮されても、説得力ないですよー。ていうか、僕、間違いなく、この一杯で酔える自信満々ですよ」
「もー、しょうがないなー。」
「じゃあ、まさふみには特別だよ。誰にも話してないんだ」
■ここで、レイコが話してくれた、レイコ自身のことを、少し書いておこうと思う。
レイコも地元は広島、中学受験で広島でも有数の中高一貫校の女子校に合格。東京の大学を卒業後は、家族の希望もあり、広島本社の会社に就職して広島勤務、今は実家から会社に通っている。
レイコの実家は、地元ではちょっとした名家で、レイコは、いわゆる「お嬢様」として、大切に育てられた。箱入り娘、ってやつだ。
■当然、レイコは恋愛方面についても疎かった。家のガードが固かったこともあり、中高は女子校、大学ではじめての彼氏ができたらしいが、これまで男性と接したことがなかったため、どうしていいかわからず、長続きしなかったらしい。
そして、レイコは、今現在のことを話しはじめた。
「わたし、つきあって2年になる彼がいるのね。」
「へえ、いいじゃない。彼とはどこで出会ったの?」
「両親の友人の息子さん。大学を卒業して、就職で広島にかえってきたときに、両親に紹介されたの」
「それって、許嫁ってこと?」
「うーん、ちょっと違うけれど、似たようなものかなー。お互いの両親とも行き来があるしね」
■ここでレイコは、ちょっと話をとめて、僕に謝ってきた。
「ごめんね、彼氏がいるのに、合コンに参加して」
「え、なんで?いいんじゃない。独身の時は色々経験するべきだよ。僕の場合は、もし自分がホレた相手に彼氏がいたとしても、結婚していなかったらOKだよ。だって、僕と出会う前にたまたまそいつに出会っていた、っていう順番が違うだけで、絶対そいつより僕のほうがいい男に違いないからね」
レイコは、意外そうな顔をして、そして笑顔で、僕の肩を叩いて、言った。
「ウケるー!まさふみ、どこからそんな自信が出てくるのー!でも、ありがと。ちょっとだけ罪悪感を感じてたんだー」
お嬢様だけあって、レイコって律儀で、正直だな、と思った。
■「それで、2年つきあっている彼とは、うまく行ってるの?」
「うん、それがね。」
「彼、わたしを凄く束縛するんだ」
「束縛って、どういうふうに?」
「彼、ずっとわたしにそばに居て欲しい、って」
「ほうほう、熱いじゃない」
「だから、わたし、会社で仕事しているとき以外は、ずっと彼と一緒にいるんだ。一緒にいない時は、携帯に彼からメールや電話がかかってくるし、ちょっとでも帰りが遅くなったら、『どこに行ってたんだ!』って、凄く怒るんだ」
「男友達と遊びに行っちゃだめって。それだけじゃなくて、女友達とも遊びに行っちゃだめって言うの。遊びに行こうとすると、俺をおいてどこに行くんだ!って言って、結局外出させてくれないの」
■このあとの言葉に、僕は、衝撃を受ける。
「それだけならまだいいけど、最近、彼、わたしに暴力を振るうんだ」
「え……?」
「仕事で、ちょっと帰りが遅くなると『誰とあってたんだ!』って。でも、すぐに謝ってくるんだけどね」
「今日も、彼に『行くな!』って言われたけど、彼がコンビニに買い物にいっている隙にでてきちゃった」
「ちょっとまって。彼が暴力を振るうって、レイコのご両親は知っているの?」
「ううん、知らない。彼、両親の前では凄くいい人だから」
「それでね、実はわたし、半年後に彼との結婚が決まってるの」
「……。」
「ねえ、まさふみ」
「わたし、どうしたらいいと思う?」
■僕の経験上、女性に「どうしたらいい?」と聴かれた時は、女性は99%、自分の答えを持っている。自分が選ぶ、その答えが正しいのか、人に聴いて、確認したいだけだ。
「……ちょっとだけ、聴いてもいいかな。レイコは、彼のことを好きなの?彼と結婚したいの?」
「うん、好き……だとおもう」
僕は、レイコの彼に対する思いは、愛情ではないと思った。
愛情ではなく、レイコ自身が、彼に必要とされている状況に、満足感を覚えているだけだ。
-『愛情』と、『承認欲求』は違う。
「これは、僕なら、の話だけど-。レイコ、僕だったら結婚しないよ。暴力を振るう男は、一生、暴力を振るい続けるからね。今は、『好き』という気持ちがあるから問題が見えないかもしれないけれど、これから先、『好き』という気持ちが薄れた後も、一生、一緒にいることを考えると、そんな生活に耐えられる?」
「やっぱり、そうだよね」
そして僕は、この後のレイコの言葉で、レイコが決めている道が、はっきりわかった。
「でもね。」
「彼、わたしがいないとだめなんだ。『俺は、レイコがいないと生きていけない』って、彼、子供みたいに泣くのよ」
レイコは、カバンから携帯電話を取り出して、僕に画面を見せてくれた。
チャクシン 26 ケン
彼女の携帯電話の履歴には、彼からの着信やメールが、大量に残っていた-。
「わたし、ちょっと電話してくるね」
彼女は席を外す。
「マスター、お会計いいかな?」
レイコが電話をしている間に、会計を済ませる。
15分ほどして、レイコが戻ってきた。
「おまたせー!」
僕は、ほんとうはレイコに聴きたかった言葉を飲み込んで、言った。
「そろそろ出よっか」
「うん」
■レイコが乗るバス停まで、一緒に歩く。季節は6月。夜風が気持よかった。
「きょうは、聴いてくれてありがとね」
「いえいえ、なんの力にもなれませんで。そして、『私を酔わせてどうするつもり?』」
「まだ言うかー!でも、まさふみにきいてもらえて、ほんと心が軽くなったよ」
「そりゃよかった」
僕は、ずっと悶々とした気持ちを抱えたままだったけれど。
そして、レイコが乗るバス停に着く。
「レイコ、僕で良かったら、これからも話を聴くよ」
「ありがとう」
「……でも、ごめんね。彼がいるから、もう二度と、まさふみには会えないと思うんだ」
「でも、まさふみに『話を聴くよ』っていってもらえて嬉しかった。ありがとう」
バスが到着する。バスに乗り込みながら、彼女が言った。
「今日、まさふみが連れていってくれたお店の名前『Refuge』だったでしょ?Refugeの意味、知ってる?」
「『隠れ家』でしょ。あのお店、僕の隠れ家だから」
「そうなんだけど、もうひとつ意味があるの」
「『こころのよりどころになる人』って意味。わたし、今夜は、まさふみをこころのよりどころにしてたよ」
バスの扉が閉まって、ゆっくり走りだす-。
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■彼女は、鳥籠の中の鳥のような人だった。
両親と、彼という籠に入れられて、身動きがとれなくなってしまった鳥。
オトナになる、ということは、鳥籠を自分の手でなくすことができる、ということだ。
そして、彼女も、心の奥底では、それを望んでいた。
でも、ダメだった。
彼女は、生まれてからずっと、鳥籠の中で暮らしていたから。
鳥籠がない場所に出ても、飛び方を忘れてしまっていたんだ。
■そして、僕は、結局彼女に聴けなかった。
「なぜ、僕に話してくれたんですか?」
と。
おわり
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「……わたしね」
「わたし、きょうはひさしぶりに、ホントにすっごく楽しかったんだ」
「わたし、……普段、自由に外に出られないから」
シーバスのグラスの氷が、カラン、と鳴った。
■「聴きたい?」
レイコが、僕の方を見て、意味深に笑う。
これは、あまりシリアスにしないほうがいいかも。そう考えた僕は、冗談っぽく返した。
「えへん。そこまで言うなら、聴かせてもらおうじゃないか」
「まだ、教えてあげない」
「そんなこと言ってる間に、僕が酔いつぶれて、聴いてあげられなくなっても知りませんよ」
「なんで急に敬語になるかな」
「私を酔わせて、どうするつもり?」
「またそうやって、おねえさんをからかわない~!」
「いっこ違いで、おねえさんっぷりを発揮されても、説得力ないですよー。ていうか、僕、間違いなく、この一杯で酔える自信満々ですよ」
「もー、しょうがないなー。」
「じゃあ、まさふみには特別だよ。誰にも話してないんだ」
■ここで、レイコが話してくれた、レイコ自身のことを、少し書いておこうと思う。
レイコも地元は広島、中学受験で広島でも有数の中高一貫校の女子校に合格。東京の大学を卒業後は、家族の希望もあり、広島本社の会社に就職して広島勤務、今は実家から会社に通っている。
レイコの実家は、地元ではちょっとした名家で、レイコは、いわゆる「お嬢様」として、大切に育てられた。箱入り娘、ってやつだ。
■当然、レイコは恋愛方面についても疎かった。家のガードが固かったこともあり、中高は女子校、大学ではじめての彼氏ができたらしいが、これまで男性と接したことがなかったため、どうしていいかわからず、長続きしなかったらしい。
そして、レイコは、今現在のことを話しはじめた。
「わたし、つきあって2年になる彼がいるのね。」
「へえ、いいじゃない。彼とはどこで出会ったの?」
「両親の友人の息子さん。大学を卒業して、就職で広島にかえってきたときに、両親に紹介されたの」
「それって、許嫁ってこと?」
「うーん、ちょっと違うけれど、似たようなものかなー。お互いの両親とも行き来があるしね」
■ここでレイコは、ちょっと話をとめて、僕に謝ってきた。
「ごめんね、彼氏がいるのに、合コンに参加して」
「え、なんで?いいんじゃない。独身の時は色々経験するべきだよ。僕の場合は、もし自分がホレた相手に彼氏がいたとしても、結婚していなかったらOKだよ。だって、僕と出会う前にたまたまそいつに出会っていた、っていう順番が違うだけで、絶対そいつより僕のほうがいい男に違いないからね」
レイコは、意外そうな顔をして、そして笑顔で、僕の肩を叩いて、言った。
「ウケるー!まさふみ、どこからそんな自信が出てくるのー!でも、ありがと。ちょっとだけ罪悪感を感じてたんだー」
お嬢様だけあって、レイコって律儀で、正直だな、と思った。
■「それで、2年つきあっている彼とは、うまく行ってるの?」
「うん、それがね。」
「彼、わたしを凄く束縛するんだ」
「束縛って、どういうふうに?」
「彼、ずっとわたしにそばに居て欲しい、って」
「ほうほう、熱いじゃない」
「だから、わたし、会社で仕事しているとき以外は、ずっと彼と一緒にいるんだ。一緒にいない時は、携帯に彼からメールや電話がかかってくるし、ちょっとでも帰りが遅くなったら、『どこに行ってたんだ!』って、凄く怒るんだ」
「男友達と遊びに行っちゃだめって。それだけじゃなくて、女友達とも遊びに行っちゃだめって言うの。遊びに行こうとすると、俺をおいてどこに行くんだ!って言って、結局外出させてくれないの」
■このあとの言葉に、僕は、衝撃を受ける。
「それだけならまだいいけど、最近、彼、わたしに暴力を振るうんだ」
「え……?」
「仕事で、ちょっと帰りが遅くなると『誰とあってたんだ!』って。でも、すぐに謝ってくるんだけどね」
「今日も、彼に『行くな!』って言われたけど、彼がコンビニに買い物にいっている隙にでてきちゃった」
「ちょっとまって。彼が暴力を振るうって、レイコのご両親は知っているの?」
「ううん、知らない。彼、両親の前では凄くいい人だから」
「それでね、実はわたし、半年後に彼との結婚が決まってるの」
「……。」
「ねえ、まさふみ」
「わたし、どうしたらいいと思う?」
■僕の経験上、女性に「どうしたらいい?」と聴かれた時は、女性は99%、自分の答えを持っている。自分が選ぶ、その答えが正しいのか、人に聴いて、確認したいだけだ。
「……ちょっとだけ、聴いてもいいかな。レイコは、彼のことを好きなの?彼と結婚したいの?」
「うん、好き……だとおもう」
僕は、レイコの彼に対する思いは、愛情ではないと思った。
愛情ではなく、レイコ自身が、彼に必要とされている状況に、満足感を覚えているだけだ。
-『愛情』と、『承認欲求』は違う。
「これは、僕なら、の話だけど-。レイコ、僕だったら結婚しないよ。暴力を振るう男は、一生、暴力を振るい続けるからね。今は、『好き』という気持ちがあるから問題が見えないかもしれないけれど、これから先、『好き』という気持ちが薄れた後も、一生、一緒にいることを考えると、そんな生活に耐えられる?」
「やっぱり、そうだよね」
そして僕は、この後のレイコの言葉で、レイコが決めている道が、はっきりわかった。
「でもね。」
「彼、わたしがいないとだめなんだ。『俺は、レイコがいないと生きていけない』って、彼、子供みたいに泣くのよ」
レイコは、カバンから携帯電話を取り出して、僕に画面を見せてくれた。
チャクシン 26 ケン
彼女の携帯電話の履歴には、彼からの着信やメールが、大量に残っていた-。
「わたし、ちょっと電話してくるね」
彼女は席を外す。
「マスター、お会計いいかな?」
レイコが電話をしている間に、会計を済ませる。
15分ほどして、レイコが戻ってきた。
「おまたせー!」
僕は、ほんとうはレイコに聴きたかった言葉を飲み込んで、言った。
「そろそろ出よっか」
「うん」
■レイコが乗るバス停まで、一緒に歩く。季節は6月。夜風が気持よかった。
「きょうは、聴いてくれてありがとね」
「いえいえ、なんの力にもなれませんで。そして、『私を酔わせてどうするつもり?』」
「まだ言うかー!でも、まさふみにきいてもらえて、ほんと心が軽くなったよ」
「そりゃよかった」
僕は、ずっと悶々とした気持ちを抱えたままだったけれど。
そして、レイコが乗るバス停に着く。
「レイコ、僕で良かったら、これからも話を聴くよ」
「ありがとう」
「……でも、ごめんね。彼がいるから、もう二度と、まさふみには会えないと思うんだ」
「でも、まさふみに『話を聴くよ』っていってもらえて嬉しかった。ありがとう」
バスが到着する。バスに乗り込みながら、彼女が言った。
「今日、まさふみが連れていってくれたお店の名前『Refuge』だったでしょ?Refugeの意味、知ってる?」
「『隠れ家』でしょ。あのお店、僕の隠れ家だから」
「そうなんだけど、もうひとつ意味があるの」
「『こころのよりどころになる人』って意味。わたし、今夜は、まさふみをこころのよりどころにしてたよ」
バスの扉が閉まって、ゆっくり走りだす-。
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■彼女は、鳥籠の中の鳥のような人だった。
両親と、彼という籠に入れられて、身動きがとれなくなってしまった鳥。
オトナになる、ということは、鳥籠を自分の手でなくすことができる、ということだ。
そして、彼女も、心の奥底では、それを望んでいた。
でも、ダメだった。
彼女は、生まれてからずっと、鳥籠の中で暮らしていたから。
鳥籠がない場所に出ても、飛び方を忘れてしまっていたんだ。
■そして、僕は、結局彼女に聴けなかった。
「なぜ、僕に話してくれたんですか?」
と。
おわり
